高齢猫の約30〜40%がかかるとされる慢性腎臓病(CKD)は、進行性でありながらも、早期発見・ケアで寿命を延ばすことが可能な病気です。
ここでは、国際獣医腎臓病研究グループ(IRIS)が提唱する4つのステージ分類を、猫の症状・治療方針と合わせて詳しく解説します。
猫のCKDステージ分類(IRIS分類)
猫の慢性腎臓病は、国際獣医腎臓病研究グループ(IRIS)によって、ステージ1~4に分類されます。
この分類は、主に「クレアチニン値」や「SDMA(近年は重視される腎臓マーカー)」、「尿たんぱく」、「血圧」などを基に決められます。
ステージ | クレアチニン濃度(mg/dL) | 腎機能の目安 |
ステージ1 | <1.6 | ごく軽度の異常(無症状が多い) |
ステージ2 | 1.6~2.8 | 軽度低下(食欲低下が出ることも) |
ステージ3 | 2.9~5.0 | 中等度の低下(脱水、体重減少など) |
ステージ4 | >5.0 | 重度(尿毒症の症状が明確) |
ステージ1:腎臓病の“兆し”段階(非常に軽度)
血清クレアチニン値:<1.6 mg/dL / SDMA:14~19 μg/dL(早期発見に有効)
見た目の症状:ほぼ無し。元気も食欲も通常通り。
よくある異常
- 軽い尿濃度の低下(薄い尿)
- 微量な尿タンパクの増加(UPC)
- 高血圧や低カリウムの兆候
ステージ1は、明確な症状がない分、見逃されやすいけれども“チャンスの段階”です。
この時点で療法食に切り替える、水分摂取量を見直す、定期的な検査を始めるといった対応を行うことで、その後の進行を数年単位で遅らせることが可能です。
ステージ1で行うべきケアとは?
ステージ1は、猫の腎臓病の中でももっとも早い段階です。この段階では目立った症状がほとんど見られず、定期健診などで偶然発見されることが多いです。
しかし、ここで気を抜かず、適切な対応を始めることが、その後の進行を大きく左右します。
① 腎臓にやさしい療法食の開始を検討する
たとえまだ数値が軽度でも、腎臓の働きを助ける療法食への切り替えを早めに行うことで、病気の進行を遅らせる効果が期待できます。
具体的には、リンとタンパク質の含有量を抑えたフードが推奨されており、腎臓への負担を減らしながら栄養バランスを保ちます。
② 水分摂取量をよく観察する
腎臓病が進行すると、水分の再吸収機能が落ち、多飲多尿の傾向が出てきます。
この段階ではまだ目立たないかもしれませんが、毎日の水の摂取量をチェックする習慣をつけておくことで、小さな変化に気づきやすくなります。
水飲み場を増やしたり、ウェットフードを活用するのも効果的です。
③ 定期的な血液・尿検査を行う
見た目では判断できない腎機能の低下を正確に把握するためには、血液検査・尿検査が不可欠です。
とくに「クレアチニン」や「SDMA」などの数値は進行度を知る目安になります。
ステージ1と診断された猫には、3~6ヶ月ごとの定期検査が推奨されており、状態の変化に応じて治療方針を調整していくことが重要です。
ステージ2:軽度の腎機能低下(初期症状が出ることも)
血清クレアチニン値:1.6~2.8 mg/dL / 症状:徐々に水をよく飲む、尿の量が増える
よくある異常
- 食欲の波がある
- 体重がわずかに減少
- 被毛のツヤがやや失われる
これらの変化は、飼い主さんが「なんとなく元気がない」「年のせいかな?」と見過ごしやすいサインです。
しかし、実際には腎臓機能がじわじわと低下し始めており、早期のケアが必要な段階といえます。
食欲にムラがあるのは、体内の老廃物がうまく排泄できず、軽い尿毒症のような状態が進んでいる可能性があります。
体重減少や被毛のツヤの低下も、体内バランスの崩れや栄養吸収の低下が影響しています。
このステージでは、腎臓病用の療法食を始めるタイミングとして非常に重要です。
一般的なフードよりもリンやタンパク質を制限しており、腎臓への負担を軽減します。水分摂取量を増やす工夫も併せて行うことで、進行をゆるやかに抑えることができます。
ステージ2における治療とケアの実際
猫の慢性腎臓病ステージ2は、「病気が静かに進行している段階」といえます。
目立った体調不良まではいかないものの、身体の中では着実に変化が起きており、見逃すとステージ3へと進行してしまうリスクが高まります。
ここでは、ステージ2に適した具体的なケアと治療の方向性をご紹介します。
1.療法食の本格導入(リンとタンパク質の制限)
ステージ2では、腎臓への負担を軽減する療法食への切り替えが極めて重要です。
腎臓病用フードは、通常のフードに比べて以下のような配慮がされています
- リンの含有量が少ない(腎臓を守るため)
- 良質なタンパク質を適量に調整
- 抗酸化成分やオメガ3脂肪酸の配合(炎症を抑える)
猫は味に敏感なので、食いつきが悪くなる場合もありますが、いきなり完全に切り替えず、少しずつ混ぜて慣らすことがコツです。
皮下補液の検討(軽度の脱水がある場合)
腎臓病の猫は、水分の保持がうまくできずに体が脱水気味になることが多いです。
ステージ2ではまだ軽度の脱水にとどまることが多いため、必要に応じて皮下補液を行うかどうかを獣医師と相談することが重要です。
- 自宅での補液方法を教えてもらえる場合もあります。
- 点滴は猫にストレスがかかるため、無理のない頻度や方法を選ぶことがポイントです。
血圧の測定と薬剤調整(高血圧リスクの管理)
慢性腎臓病の猫では、高血圧が合併するケースが少なくありません。
血圧が高い状態が続くと、目・心臓・脳・腎臓そのものにも悪影響を与えるため、血圧測定と必要に応じた降圧薬の処方が検討されます。
- 定期的な血圧チェック(動物病院での非侵襲的測定)
- 薬は慎重に調整され、副作用が出ないか観察が必要です
ステージ2は、まだ回復の余地があり、生活の質も保てる段階です。
この時期にしっかりケアを行えば、ステージ3以降の進行をかなり遅らせることができます。
ステージ3:中等度の腎不全(症状が明確に)
血清クレアチニン値:2.9~5.0 mg/dL
よくある症状
- 明らかな多飲多尿
- 食欲不振、嘔吐、体重減少が目立つ
- 脱水症状(皮膚の張り低下)
- 尿毒症症状(口臭、口内炎など)
ステージ3:中等度腎不全への向き合い方
慢性腎臓病のステージ3に入ると、猫の体にはさまざまな変化が現れ始めます。多飲多尿や体重減少、被毛のツヤがなくなるなど、飼い主さんも「何か変だ」と気づきやすくなります。
このステージは、目に見える症状が出てくる一方で、適切なケアによって生活の質(QOL)を保つことも十分可能な段階です。ここからは、ステージ3の猫に必要な治療とケアを丁寧に解説します。
皮下補液を日常的に行う
腎機能が低下すると、尿で水分が大量に失われるため、体が慢性的に脱水状態になります。
ステージ3では、皮下補液(皮膚の下に生理食塩水などを注入)を定期的に行うことが非常に有効です。
- 動物病院で行うこともできますが、自宅での補液指導を受ければ、通院ストレスを減らせます。
- 通常は週1〜数回から開始し、猫の体調や検査値に応じて調整。
「補液=終末期」ではなく、生き生きとした日常生活を取り戻すための重要なサポートです。
リン吸着剤を導入する
腎臓がうまくリンを排出できなくなると、体内に蓄積し、骨や血管、全身の健康に悪影響を及ぼします。
そのため、フードでのリン制限に加えて「リン吸着剤」を使うことが推奨されます。
- 食事に混ぜるだけの粉末や錠剤タイプなどがあり、使いやすいものを選べます。
- 療法食との併用でリンをコントロールし、腎機能の悪化を抑制します。
ビタミンB群・カリウムの補充も重要
慢性腎臓病の猫は、尿からビタミンBやカリウムを過剰に失いやすくなります。
その結果、元気がなくなったり、筋力が落ちたり、食欲が低下することも。
- ビタミンB群サプリでエネルギー代謝を助け、元気を取り戻すサポートを。
- 血液検査でカリウム値が低い場合には、獣医師の指導のもとで補充が必要になります。
食欲がないときは、強制給餌や食欲増進薬も検討
腎臓病の進行によって食欲が落ちると、栄養不足からさらに体力が低下し、悪循環に陥ります。
どうしても自分から食べられない場合には、強制給餌(シリンジなどでフードを与える)や、食欲増進剤の使用を検討する価値があります。
- 「無理に食べさせる」のではなく、猫のストレスに配慮しながら優しく補助。
- 食欲増進薬は短期的に使用することで、食べるきっかけをつくるのが目的です。
ステージ3の猫には、「できることを少しずつ、無理なく続けること」が何より大切です。
毎日のケアが愛猫の命を支える力となり、日常をより豊かなものにしてくれます。
ステージ4:末期腎不全(命に関わる状態)
血清クレアチニン値:>5.0 mg/dL
慢性腎臓病のステージ4は、猫の体が限界に近づいている状態です。
この段階になると、腎臓の機能は大きく損なわれ、体内の老廃物を処理できなくなり、尿毒症の症状が全身に現れ始めます。
よくある症状
食欲の消失と体重の激減
「いつも好きだったごはんに見向きもしない」「お気に入りのおやつも食べない」
──それは、単なる気まぐれではなく、体が本当に辛くなっているサインかもしれません。
栄養を摂れない状態が続くと、筋肉や脂肪が急速に減り、体重が目に見えて落ちていきます。
尿毒症の進行:嘔吐、けいれん、嗜眠
腎臓が老廃物を排出できなくなることで、血液中に毒素が溜まり、尿毒症と呼ばれる状態に。
次のような症状が見られることがあります
- 頻繁な嘔吐、吐き気
- けいれん発作や異常な動き
- 長時間眠りがちで反応が鈍くなる(嗜眠)
こうした症状は、猫の苦しみを示すものであり、緩和ケアの必要性が高まるサインです。
意識レベルの低下と脱水の重症化
末期になると、水を飲む力も失われ、脱水がさらに進行します。
皮膚が戻らない、目が落ちくぼむ、口の中が乾いているなどの症状が現れます。
また、意識がもうろうとしたり、名前を呼んでも反応がない状態になることもあります。
命の危険が迫るときにできること
このステージでは、延命だけでなく「どう穏やかに過ごさせるか」という視点が大切になります。
- 緩和ケア(苦痛を和らげる治療)を優先
- 皮下補液や鎮痛薬、制吐剤などで負担を軽減
- 静かで安心できる環境を整える
- スキンシップや声かけで心を通わせる時間を大切にする
治療の選択に迷ったときは、「この子にとって、いちばん楽な方法は何か」を考えてみてください。
猫は最期まで、静かにがんばろうとします。
だからこそ、飼い主さんがそばにいて、気持ちに寄り添ってくれることが何よりの支えになります。
おわりに:小さな変化に気づくことが、未来を守る第一歩
猫の慢性腎臓病(CKD)は、**ゆっくりと進行する「見えにくい病気」**です。
症状が現れる頃には、すでに腎臓の大部分が機能を失っていることも少なくありません。だからこそ、毎日のちょっとした変化に気づくことが、とても大切です。
「最近よく水を飲むようになった」「食欲が落ちてきた気がする」
──その“なんとなく”の違和感が、猫からの小さなSOSかもしれません。
どのステージであっても、飼い主さんの気づきと愛情が、猫のQOL(生活の質)を大きく支えてくれます。
早期に見つけてあげられれば、数年にわたって穏やかな日々を保つことも十分に可能です。
この記事が、愛猫の健康を守るヒントになれば幸いです。
不安や疑問を感じたときには、無理をせず獣医師に相談し、できることを一つずつ始めてみてください。
猫と飼い主さんが、1日でも長く、心地よく過ごせる時間を持てますように。
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